牧師メッセージ ~ようこそ西条ルーテル教会へ~

《真理はあなたたちを自由にする》ヨハネ8:32

 宗教心が起こる、ということは、きわめて自然なことです。しかし、それはわたしたちのこの自分の側から起こるのではなく、それは《神さまの呼び声》として起こります。このことは、大変重要なことです。体験的にいえることです。

 たとえば昨今のような、ことに青少年にみられるこころの荒廃は、そのまま私たち大人のこころの荒廃の投影であって、当然のごとく、この荒廃したこころの修復作用として、宗教心が起こる、といえます。その修復作用は、荒廃したこころを救いたい、という《神さまの呼び声》なのです。その呼び声は、荒廃したこころに吹くそよ風であり、乾いたのどを潤す清涼水です。

 さて、大人のこころは、どのようにして荒廃してしまったのでしょうか!?

 それは、これまでに人間が辿ってきた歩みの中にあります。近代という時代は、一言で申しますと、《人間が神さまに登りつめた時代》だ、といえましょう。近代は人間の権利主義、人間万能主義、いわゆる人間中心の考え方が信仰されてきた時代です。自らは弱く、自らには何一つその存在の根拠を持ち得ない者が、神のごとく他人を裁き、また自分自らを裁いてしまう、昨今の、自分の身を切られるような数々の事件は、何よりも人間の辿り着いた断末魔の出来事だった、といえましょう。

《真理はあなたたちを自由にする》

 宗教心は、「自分はもう一度生まれ変わりたい」という心だ、と言い換えてもよいでしょう。こころにおいて、「自分のあの子ども時代を取り戻したい」と。本当の自由を取り戻したい、と。または、「あの子ども時代の《本来の自分》を取り戻したい」と。無垢で、天真爛漫で、好奇心に富み、はつらつで活き活きとしていた時代のような自分を。
 《宗教心》とは、《本来の自分探し》だったのではないでしょうか!? そうです、《本来の自分探し》への《神さまの呼び声》だったのです。

 《真理はあなたたちを自由にする》、という冒頭のイエスの言葉は、そのまま《神さまの呼び声》なのです。 どうぞ、《本来の自分探し》の続きを、当ルーテル教会にて共に体験してみませんか!?
 あなたのお越しを、こころからお待ち申し上げています。

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